2014/09/15

娘をリリース

9月11日の夜、寝る前に息子がお腹の中の妹に「明日生まれてくれなきゃ困るんだよ。土曜日から三連休でしょう?明日産まれたら俺は留守番だから学校を休めるの。四連休。小学生の四連休は夏休みよりいいものなんだ。わかるか」とかいうので、ご都合主義かwと突っ込んだら「兄よりすぐれた妹など存在しねえ」とか変顔でジャギの真似をしたのがツボってゲラゲラ笑っていました。すると

ばっつん

とお腹ですごい破裂音が。
ちょwww破水したwwと、まだ笑っていたら、息子は無言で自室で寝ていた夫を起こしに行き、いろいろ準備して病院へ。
「猫の世話は任せて。いってらっしゃい」と笑う息子の笑顔には「夜どうしyoutubeを見まくり、モンハンをやりまくるぞ」という意思に溢れていました。

病院についても陣痛があるわけでもなく、夫とニヤニヤ話をしていました。
そのまま入院になって、診察したら子宮口も開いていないと。このままでは翌日の昼すぎ産まれるかどうかだなあと、私は後に分娩台となる椅子の上で、夫はその後ろにある普通の肘掛椅子でデスマーチ中の下っ端開発者のように背中を折り曲げて寝ていました。

小一時間すると痛いなという感じがしてきて、ナースコールしたらもう4センチくらい開いていると言われました。
しかし出産までにはあと6センチもたりない。ここからが厳しい戦いになるんだよなあ。4、5時間くらいかかるんだよなあ。と、思っていたら2時間あまりで9センチに。うそーん。
時間が短縮されるのはほんとにうれしいのですが、こころの準備が追いつきません。もう会話も成り立たない。唸ることしかできない例のあの、地獄の時間がどのタイミングなのかまるで読めない。
わたしはけっこうパニック状態でしたが、それまで夜に弱く、眠気で冬眠明けのヤマネのようだった夫に急にスイッチが入りました。

ストレスモニター(陣痛の襲来を数値と波形で示す機械)を見ながら「はい、次の波来ます。深呼吸。吸って。はい、長くはく細くはいて」
このオペレーションのおかげで短期的なこころの準備ができてとても気が楽になりました。

そして、モニターチェックしながらも冷静にビデオを回し、「只今○○時○○分...」と、必ずはさむ姿に、藤村忠寿か。と、思いました。

唸る時間から子宮口全開の「叫ぶ時間」に移行し、鈍痛が鋭利な痛みに変わってくると、パニックどころか人間性も失われてきます。もうこれはだめかもわからんね。という気分になっていましたが、あいかわらず夫が横で
(私が叫ぶのでちょっと声のボリュームを上げて)「はい吸って。はいて。はい次くるよ。あご引いて。目つぶらない。目を開けて。息吸って、はい。いきむ。いいね。うまい。」と、また淡々とオペレーションをしていました。そのトーンを聞いて、NASAか。と、思いました。

しかしおかげでいきむタイミングでこころの準備ができ、絶望しなくてすみました。夫の商売は技術開発ですが、事業内容に助産師を加えてもいいんじゃないかと思います。

病院スタッフや夫、何より自分の力でどんどん這い出してきた娘のおかげ(あ、楽しく留守番してくれた息子もね)で陣痛スタートからわずか3時間半程度という超安産で出産を終えることができました。
終わったあといつのまにか医者側の立ち位置で興味深そうに後処理を見つめていた夫が「それはなんですか?」とか「胎盤は意外と大きいですね」などと病院スタッフに話しかけまくっているのを聞いて、インターンか。と、思いました。

久しぶりに赤んぼの世話に集中します。
また仕事に戻る日が来るのもたのしみです。

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