2018/05/02

ニコニコ超会議2018 大島薫x加藤鷹x二村ヒトシ 鼎談
「"超セクシー男優"男塾」を観戦


ニコニコ超会議2018のトークイベントを観てきました。とてもためになるセッションでした。加藤鷹さんは言わずと知れた伝説のAV男優。大島薫さんは男性でありながら女性寄りの表現で活躍されているタレントさん。以前は「女装子(じょそこ)」さんというジャンルで活躍されていたそうです。可憐だけどハツラツと聡明な印象!
二村監督は現役のAV監督かつ男優そして人間関係の処方箋のような書籍の著者として有名です。縁あってトークイベントなどでご一緒させていただいたことがあるのですが、誠にセクシーインテリ紳士でいらっしゃいます。まるで哲学者のごとく理路整然とお話されるのに脱いでもすごい(全裸)って世界広しといえども二村監督だけなんじゃないかしら。

素敵な座組のセッションのお題は「AV強要問題について」。被害者組織や支援団体のNPOが発足するなど近年社会問題化しているイシューです。
大島さんは経験者ながら女性とはちょっと違う立場から、二村監督は現役の立場から、加藤さんは現場を離れた人間として様々な角度で意見交換がなされました。

私は加藤さんの「自分も含めて誰も裸の仕事なんかしたいと思う人はいないよ。」という発言にすごく納得。じゃあどうしてやっていたの?という質問は飽きるほど受けてきたとおもいますが、私はAVという仕事とそうでない仕事の間にある「一線」をその仕事を経験した当事者がどう認識するのかを確認するための発言であると受け止めました。
パンツ履いて仕事できるなら誰だってそうしたい。でも(金を稼ぐ、生きるためにやる)仕事って、いろんな理由や成り行きで手にするもの。そしてその仕事ってどういうたぐい、どういう性質なのかは手にした本人がよく理解してるはず。ということだと思います。
また加藤さんは「未成年については必ず大人が守ってあげなきゃならないとして、大人になれば契約をした後でやっぱり私、嫌だった。とか、そういうつもりじゃなかった。っていうのは子供の言うこと。ちゃんと大人として自分の意思は明確にしないと」ともおっしゃっていて「一線」を見極めて理解して、自分の行動に責任を持たなきゃダメだよ。ということもおっしゃっていました。その意図は単純な「自己責任論」とは私にはきこえなくて、そこから始めなきゃ人生をコントロールできないでしょ?という原理原則的な話の確認と私は理解しました。そのうえで「強要問題というのは結局AV女優、AVの仕事を差別する人間、AVやってた人間なんか。という差別意識を持つやつの認識が元凶。」と、被害者を蝕む外圧の本質を指摘していらっしゃったところは、ああ、そういうものだよなあ。と深く納得しました。

二村監督はこの問題に関して単純な構図上では「加害者たり得る立場」ですが、近年の取り締まりの強化といったトレンドについて触れ、業界の不文律やマナーはすでに広まり、業界は相応の対応を迫られていると語りました。
市場のトレンドについては、女優のデビュー作ばかりにニーズが集中していると説明。新規参入者が相当数ないとビジネスとして成り立ちにくい状況のようです。また、過去の出演作により出演者が不利益を被ることを防止するため、発表から5年たったコンテンツは出演者の申し出で消去できるという運用体制も業界内ではあるそうです。これは「割と気楽に出演する若い人」を増やす要因になりそうな気もしますが、出演者の人権を尊重、守りつつ、AV業界延命のためできることはやっていきたい。と本当に真摯に語っていらっしゃいました。

そんな二村監督の発言で一番印象的だったのは「でも、いわゆるアダルトビデオ業界は、近い将来滅びてしまうだろうけど」です。
滅びる、というのはいろいろな法的規制や市場の変化により縮小する収益のスピードが、業界の構造を一変させる。といった意味だろうとは思います。

私は二村監督の「滅びちゃう」発言のあと、ふと「そもそもAV女優はいつ誕生したんだっけ...」と考えました。いま話題になっている「AV女優」というお仕事。かつては「ピンク女優」とか言われていたこともあるっけ。
その前はたぶん写真技術の向上により「官能モデル」みたいなジャンルもあったでしょうし、絵画の世界でもエゴン・シーレに女性器まで描かせたモデルも実存しましたからアイデンティティを持ったまま裸をメディアに残した女性って表現の歴史上ずっと存在しているわけです。

そこまでツラツラ考えたとき、いまのこの「自分が世界の中心であり、自分自身が自己を肯定しているかどうかとは別に、他人からないがしろにされてはならぬ自己」を抱えやすい時代において「わりと簡単に消費される裸」として裸を仕事にするというのは、とてつもない毀損感を被ることなのかもしれないな。とか、さらにツラツラと考えました。

私は前述した加藤さんの「パンツ履いてできる仕事があるなら普通そっちやりたい」に納得する者ですが、それって「パンツ脱ぐくらい普通じゃない仕事なんだから普通、それ相応の対価を要求したい」ってことと抱き合わせなんじゃないかしら。その対価はお金の場合もあるし、賞賛とか、声援、応援とかもあたるでしょう。
だとすると、消費サイクルが短くなったAVというお仕事は、生身の体を張る生業としては、なかなかいろいろな対価を得にくいのが現状なのかもしれないなどと考えてしまった。

二村監督は「AVというジャンルはなくなっても、女優さんはとても元気。活躍する場所がなくなるわけじゃないし、ファンとしっかり交流して新しいことに挑戦する女優もたくさんいる」とおっしゃっていました。自分自身で対価を獲得するべく挑戦し続ける表現者はいつの時代も強く、主体的に市場を切り開くものかもしれません。

ちょうどセッションが行われていたステージの隣はいわゆる「Vtuber」が登場するステージでした。集まったファンの人数と声援が会場中最も多く、こちらのトークがちょっと聞き取りにくくなるほどでした。
リアルな自己アイデンティティと切り離された「動くアバター」で新しいアイデンティティを形成し、賞賛を浴びているVtuberのジャンルにも、当然「エロ系Vtuber」は出てくるでしょうし、すでにいらっしゃることでしょう。リアルな自己を晒さないぶん対価は少なくても自己は毀損されないのかな。キャラクターに声だけあてて、あとはガジェットの力を借りてセクシー体験を提供できるサービスがあれば裸の需要は下がるのだろうか。あ。でもそういう体験が広まれば逆に本物の裸の価値は、高まったりして。
AV is dead but eroticism will be forever. 海外市場では会員制の「質の高い」ポルノ配信サイトを立ち上げたGreg Lanskyという起業家もいたり、彼の作品に登場する役者は「ポルノスター」という称号を持ってたりもします。Video kill the radio star とはよく言ったものですが、Porn starは誰かに殺されたりしないわけですね。
いろいろと楽しい引き出しに溢れた座組のセッション、もっと長く聞きたかったです!

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