2016/03/21

ババア・アンド・ザ・ボイン

こないだ久しぶりにSEX AND THE CITY 2(映画版の2作目)を観ました。
最初に観た当時私は30代で、SATCの登場人物とドンピシャじゃなかったですが、ファンタスティックなババアのファッションショーは夢いっぱいだし、ウケるポイントもたくさんあってものすごく楽しめた記憶があります。
キャリーたちに追いついた私は何を思うのかしら。と、軽い気持ちでリピートしたら、大変な衝撃を受けました。当時ゼンッゼン記憶にないシーンが強烈に記憶に残ってしまったのです。
唯一の専業主婦キャラ、シャーロットが雇っているベビーシッターがすごいボインだということです。
もちろん劇中でボインはアホほど強調(ノーブラで走り寄ってくる様をスーパースローで…とか)されていますから笑うところではあったのですが、それほど深い感慨もなく当時の私は笑い飛ばしていました。

しかし今の私は知っています。ババアが決して手に入れることができないもの。それがノーブラでも重力に負けない、ボインなのです。
人間、30を過ぎた頃から顔のあちこちに小じわが発生します。顔も痩せて目の周りの印象も変わります。
しかしそんなものは、ちょっといじれば治ります。ぐぐればいろんな方法が検出されます。
更年期障害とかホルモンの変化だって薬を飲めば治ります。婦人科に行きましょう。
なにをやってもどうにもならん。それがボインなのです。

内容量が少なければ増やせばいいじゃない。
という意見もあるかもしれません。確かにその方法もあります。しかしその方法でも周りを支える「皮」の強度の問題があり「ノーブラ」は非常に厳しいと言わざるを得ない。
とにかく40代になり、2度の出産を経験した私に最も刺さったシーンが、天然のボインでした。

監督的には「若さ」を表現する道具として最適だと、普通に選択した演出だとは思いますが、なんというセンスの良さだと今あらためて深く感じ入ります。
美魔女だなんだと小銭払って顔面をいじくっても、そんなもんで「若さ」と張り合ったって無駄だよwww乙wwと、一切ストレートに言わずとも、たった5秒程度の揺れるボインで語り切る。
そう考えると、なんかええ歳こいても女子目線で恋愛語ったところで「ハリ無えじゃんw」と思えばすごいシラける気がしてきました。
「レストラン予約してないとか怒る人いるけど、会って笑顔みせてくれるだけで十分」とか、小娘(具体的には20代)っぽいこと言ってるけどハリ無いからwww 張り合え無いから(もうダジャレ)。

もう自身の財力と欲望に対する素直な行動でガツガツ男を喰らいまくるサマンサ(SATC2では52歳になっていたバーキンが似合う芸能プロダクション社長キャラ)くらいの方向で、振り切るほうが「勝ち」だわ。と、清々しい気分になります。
いやー。40代になってから観てよかった。
ところでサマンサ役のキム・キャトラル先輩って、ロマコメ全盛期の80年代の金字塔的映画「マネキン」のまさに「マネキン」役でしたよね。Starshipの曲に乗せて都会の寂しい男の子にコケティッシュな魅力を振りまいていた彼女の現役感。still nothing’s gonna stop you です。

2016/03/09

変態とは

休日、息子が友達の家に遊びに行きました。
すると夫が「さあ、子供もでかけたし、一緒に変態仮面でも観るか?」
と。
それまで観たことがなかった私は、小学生が観たらダメかなあ?(もともと小学生が読むような漫画が原作なんだし)とたずねたところ真剣な顔で
「俺には…わからない…」と言いました。
なるほど。観たあとは私もそう思う。変態仮面とはそんな映画です。

使用済みパンティーをかぶると網タイツに運動靴のマッチョのヒーロに変身して好きな女の子をスーパーパワーで守る。というMARVELものっぽい設定。この変身後の姿こそが「変態」と呼ばれるところでしょう。また、主人公は授業中、妄想して勃起したり、布団の上でパン一で好きな子のことを思ってもだえたり、そもそもパンティーをかぶるのが好きだったりします。
そういう部分が女子的には「きゃー変態」と言うに十分です。

しかしです。
話の中盤からこの映画は非常に大きい問題を突きつけてきます。
安田顕が出てきてから、変態の前提が崩れてしまうのです。

本当の変態とは、女子に「きゃー変態」と叫ばせるような程度の存在ではない。
それは単なる「性欲の強い男子の健康な姿」でしかない。

そう。女子は簡単に男子の性欲に「変態」というタイトルをつけて冷やかし、フタをさせようとする。しかしそれは「変態」などではない。

では、本当の「変態」とは、何だ?

「女子目線のいわゆる変態」とヤスケンが表現している「真の変態」とを決定的に隔てる要素とはなんなのか。
それはもはや、おっぱいやおしりといった「性の対象」としての「女子(オブジェクト)」さえ不要な、圧倒的に自閉した宇宙に広がる希望とか光みたいなもんとしかいいようがありません。

早い話が、女にはわからん。

ということです。

これはわからん。しかしわからんなりに考えてみると、「きゃー変態」という言葉で蓋をすればするほど男子の心の宇宙に広がる希望の光は輝きを増し、圧倒的な幸せを手にいれてしまう。という道もあるのかもしれんなー。とか思いました。
ヤリチンとかが逆に小さく見えますよ。

それほどこの「変態仮面」とは、すごい映画である。ということです。
パート2が楽しみです。
そしてやっぱり小学生が見ていいかどうかは、わかりません。