2011/10/04

Adobe MAX 2011 in LA 一日目 基調講演

今晩わ(時差)。
今日から2日間Los AngelesのLA Convention Centerで開催のアドビシステムズ社主催プライベートカンファレンス「Adobe MAX 2011」に参加しています。
今日印象深かったシーンをキャプションとともにお送りします。

アクトが始まる直前の映像。コンクリート打ちっぱなし風の背景をしょってDJが一人でプレイしてます。これをみて誰もが「円高ドル安」とか「世界同時株安」「リーマンショック2」という言葉を思い浮かべたことでしょう…演出だったんですね。ごめんなさい

オープニングアクトの皮切りにヴァイオリンを奏でる人。いきなり世界観に引きずり込む役です。

本物のダンサー。後ろに影が落ちていますが、これは映像。ちなみに背景のコンクリートのようなテクスチャーも映像

映像のなかのダンサー。壇上の二人がぱっと消えた後この映像に切り替わります。こういう演出の奥深さはさすがエンターテインメントの国

三億ピクセル使ってるという圧倒的な画素数を費やし作られたオープニングアクトの映像。スモークは映像で表現する時代になったようです

本日発表のクリエイティブお仕事環境提供サービス「Adobe Creative Cloud」の構成要素説明図。図の内容より左右にちょっとだけ映り込んでる部分に注目。スクリーンがコの字型になっているのがわかるでしょうか。会場の約半分に投影した映像でバーチャル空間を作っています。内側から映しているはずですが、つなぎ目がないのが不思議です

左は今回Adobe Systemsが買収したType Kitの創業者Jeffrey Veen。右は彼をいとおしそうに見上げるAdobe Systems 最高技術責任者のケビン・リンチ。10年以上ウェブ業界の発展を牽引してきた朋友どうし

本日の目玉はやはりアドビの大きな戦略転換である「Adobe Creative Cloud」の発表だったわけですが、転換が大きすぎて会場の参加者、とくにノリがいいはずのアメリカ人までもが「キョットーン」としていました。

アドビがアプリ、フォント、もろとも制作環境をクラウド上に構築することを提案したということは、ますますクリエーティブ業界の「メインフレーム」だった「印刷所」という存在が軽くなり「受発注作業」の構造が変わらざるをえないということを意味しています。
もっと乱暴な言い方をするとアドビはこれまでのアドビをぶちこわそうとしているわけであり、これまでのワークフローをある程度捨ててしまえと我々に提案しているのであり、それにあたってアドビもけっこうリスクをとって商売の仕方を変えてしまうよ。と宣言した、ということになります。

これからクリエーティブに関わるあちこちの業界でスクラップ&ビルドが起きるでしょう。
それでもかまわん、それしかない。という決断を規模の大きいアドビという会社が下したということは、アドビはなんだかんだいって技術の会社だという感想をもちました。
これからはクリエーティブなアイデアが、ひとりひとりのものになる。ということなのでしょう。
ではまた二日目に。

2011/09/11

奪われたものを取り戻そうとしてさらに失う

コーエン兄弟大好きでーす(とはいえ90年から2000年の10年間の作品すべてしか見てないんですが)。
やっとノーカントリー (原題:No country for old men)みました。2007年の作品です。
アメリカと死という巨大かつあまりに抽象的な概念の現場をすごいデッサン力で細部にわたって描画した2時間でした。
私の映画史上最強にタガの外れた描画で光った狂人格者が、人殺しとして万能屠殺銃を武器に登場します。この役の演出が素晴らしかったです。

人と人とのあいだに「不都合」という変な状況が起こる理由は、いつかかならず死ぬと知っていながらも、今日は死なないんじゃねーの?明日もだいじょうぶじゃん?という漠然とした期待のなかで、損しないように、なくさないように、減らさないように目を光らせて生きているからです。

生きてるうち得た金は無くなっていくし、努力しなければ技術も失います。若さも、健康も、性欲も、美しさも、ぜんぶある一定の分けまえから減る。そのうえいつか死ぬ。

分けまえの減り具合に敏感すぎて、そのぶんを取り返そうとする人もいます。
人のぶんを奪おうとする人もいるし、減ったぶんよりもっと得ようとする人もいる。そういう気持ちの総称を欲といいます。
だとすると不都合に敏感な人ほど欲が強いと言えるかもしれません。


人は奪われたものを取り戻そうとしてさらに失う。結局は傷口から出る血を止めるしかないんだよ。


劇中、元警官が言う台詞です。
因果応報から脱却しなさいよ。という意味にちがいないですが、因果の因が奪うことなら、与えることがもたらす結果は簡単に世界を救うことができるはずです。
まずは、自分に起きた不都合にもっと鈍感になることからはじめよう。と、この映画を見て思いました。


最凶の刺客、シガー扮するハビエル・バルデム。保安官を殺害中。むかしトム・クルーズの彼女だったベネロペ・クルスと結婚しましたね。トムとはある意味、兄弟です。

ほんとはこんな顔。

2011/08/31

何より重要なのは自由だ

マイケル・ベイ監督作品トランスフォーマー3 - dark side moon をやっと観ました。トランスフォームシーンが好きなので全部観てます。
さすがに3回目になるとそのシーンにも少し慣れたので、それ以外の部分を初めて気にしてみました。

地球の外からなんらかの脅威が地球を襲うがアメリカのおかげでピンチ脱出。というストーリーはほとんどジャンル化するほど定着しましたね。だいたい「君もUSアーミーに入らないか?」みたいな内容だけどそれなりに外さないという鉄板モノです。
むろんトランスフォーマもそのジャンルのド真ん中。地球襲われるー大都市ぐしゃぐしゃーアメリカ困るー少数の米国軍及び一般人で構成した勇者軍団が肉弾戦で勝利 のプロット通りです。
アメリカ。だいたい、よその国の部隊とかに声かけませんから。自分でなんとかしようとするんですね。映画のなかでは地球はアメリカのものだ!という前提なのでかまいませんけどもその設定は間違いなく盛り上がるので大好きです。地球をよこせ!という宇宙人との交渉のテーブルについてるのは米国政府だけ。とか普通なのが乱暴でいいなあ。と思います。

全体的にいつも通り面白かったのですが1点残念だったのは1と2でヒロインだった美しき人食い吸血鬼※(ミーガン・フォックス)が監督にタテついたおかげでクビになり、3からは長い名前の女優に変わったことです。これ自体しょうがないですが、この原因がある大きな結果につながっているところが残念ですが笑えました。
ミーガン扮するミカエラは自立心旺盛な女性で車のメカニックに詳しく、素晴らしいドライビングテクニックで主人公やオートボットを助けるという立派な戦力だったのです。
ところが新しいスレンダーボイン&金髪の彼女は金持ち経営者になびくわ、無職の主人公は見下すわ、逃げるときは(わたしをおいていかないでー!)と足手まといだわ、唯一凄いのは10cm超えのヒールはいて猛ダッシュできることくらいという。でも、ハクい。ハクい女(スケ)とはこういう女ぜよ。という全米の妄想を念で固めたような風貌をしていました。

おかげさまで

「俺にとって何より重要なのは正義でもなんでもない、己自身の心の自由なんだー!!」
という若く透明であるはずの主人公の叫びが

「俺にとって自由ってのはマッチョであることとハクいねーちゃんのケツを追っかけることなんだー!」
というまるで成り上がりの中年オヤジが銀座の中心で叫ぶようなニュアンスにトランスフォームして聞こえてしまう。
という衝撃の結果になってました。

トランスフォーマだけにな!ははははは。

※人食い吸血鬼
ミーガンは「ジェニファーズ・ボディ」という、ジャケットはエロ映画、観てみるとホラー。よく観ると青春映画。という味わい深い作品で、男を食う(比喩でなくモリモリと生で)役で出てます。


トランスフォーマと関係ないんですが、海軍大好きマイケル・ベイが昔撮った「ザ・ロック」。アルカトラズ爆発したと思ってたんですが、こないだサンフランシスコ行ったら普通に浮いてました。
ラストのニコラス刑事が吹っ飛ぶシーン。ベイがいかに海軍が好物か、わかりますね。






2011/08/27

ウィル・フェレル

ウィル・フェレルが好きです。
マイク・マイヤーズより好きかもしれません。
アメリカ人は関西人だと思うことがたまにありますが、ウィル・フェレルの前世は間違いなく関西芸人です。



ベン・スティラーも好きですが、ちょっときれいめなのでもうちょっとアホさがあればよいですね。
マイク・マイヤーズといえばオースティン・パワーズですが、
わたしはどちらかというと昔のウェインズ・ワールドのほうがお金がかかっていないぶんそこはかとない楽しさがあってよかったです。
アメリカのコメディアンではジャック・ブラックも人気があり、ベン・スティラーとはTropic Thunderで競演していましたね。ジャックは「濃さ」が外見にマッチしているのでわたしはそんなにタイプじゃないです。

ところでベン・スティラーやマイク・マイヤーズと競演経験がありながら、コメディアンでない役者は誰でしょう。
それは、トム・クルーズです。黙って以下の映像を見てください。Tropic Thunderの歴史に残るエンドロールです。



トム・クルーズもおそらく、前世は関西芸人であったことが、わかっていただけるのではないでしょうか。
それが言いたかったのです。

2011/07/23

女性が参加しやすいITイベントの作り方について

編集長直々にお詫びのメールもちょうだいしたので、取材対象としての意見というか、感想を書きますね。
元記事
http://engineer.typemag.jp/entra/2011/07/-it6.php


矢野はぜんぜんいらっともきませんでした。
だいたいパブリックイメージとしての女性ってのはこういうもんだろうな、というくらいでした。
取材と編集を担当したKさんにはお会いしているので悪気があってこうなったわけでないのはわかります。たぶん、ほんとにいろいろ面白いと感じてくれたのでしょうが、それを表現する言葉がなかったんだとおもいます。
人間わけのわからないことに遭遇すると、自分が知っている何かに例えて理解しようとしますから、そういう力が働いたんだろうなー。くらい。
女性だけであつまって、たのしげに、時には真剣にITの話をしている。なんか理由が欲しいですよね。なんでそんなことしてんの?って思いますよね。

自分の話をするならば、速い話が反抗の1スタイルです。
IT業界って女性少ないよねー。Androidって女性ユーザーいないよねー。難しいことって女性にはわかんないよねー。

いやいやいやいや、そんなことないから〜。いるから〜。すきだから〜。わかるから〜。

という。あらがいたいんです。
もっというと、私の周りの女性は女性と男性の差をそんな強く意識したりしてないです。
男か女かなんてそんな重要じゃないですよね?面白い人間か、そうでないかじゃないですか?
わたしはそういう固定観念にあらがうことが楽しいので女子部をやっています。
あらがっているんだからどう思われようと全然かまわんのですし、うまく伝わらないことだってあるサ。という程度の出来事でしたので、だれも謝ったりしなくていいんですよ。
これからも誇りを持ってあがらいますので、
みなさんも誇りを持っておつきあいください。

2011/07/08

Android向けカメラアプリ 6x6cm(ロクロク)βをリリースしました

Androidのカメラアプリが少ないので、作ってみました。
ずっとギーク系ガジェットと言われてきたAndroidも、ユーザーの顔ぶれは実に豊富になってきましたね。私自身どんなふうにAndroidケータイを使ったらいいの?とか、スマートフォンって何が楽しいの?と質問される機会がとても増えました。
そこでよく回答するのがカメラアプリを使うことです。

自分が経験した楽しい瞬間とか、きれいな風景、かわいい何かとかって、写真に残したいじゃないですか。それら大切なシーンをあとで見返しては「あーあれはおもろかったなー」とか「うまかったなー」とか思う。で、21世紀になってカメラとケータイが合体してからというもの撮影のハードルは下がり楽しみかたは広がっています。
そこで常にインターネットにつながっているAndroidやiPhoneが登場して、今度はネットとカメラが合体したと。そうなると「あーあれはおもろかったなー。」にくわえて「ねーみてみて」が、むちゃくちゃ簡単に出来るようになった。
しかも、SNSという「ねーみてみて」専用施設のようなサービスと連携すれば、あっというまにリアルな行為がネットに置き換わって、写真を撮るモチベーションもさらに上がったのであります。しかも
「みてー」「おーいいね!」「良いところでしょ?」「私もそこ行ったことある!」みたいに写真を中心としたコミュニケーションにまで発展。イベントが写真にくっついてきたというまさかの体験が発生してすごい楽しいわけです。これぞスマホライフの本命。これがスマホを使う一番わかりやすくも楽しい理由だとわたしは考えています。

ところがです。上がったモチベーションのおもむくままに写真を撮りまくって共有しまくっていたら、本来大切だったはずの、写真を撮るための原動力だったはずの「あれはおもろかったなー」という「見返し行為」がめんどくさくなっていることに気付いたのです。
つまり、なんか写真を中心とした会話(イベント)があっちこっちに散逸しているために、自分の写真でありながら、いちいちあっちこっちのサービスを見に行かなきゃならないという。

写真はソーシャル化しても自分の想い出として手元に置いておくのが自然だよね。というわけで作ったのが6x6cm(ロクロク)です。(6x6cmのアイデアまとめ図)


まずは普段使いのカメラアプリとして、お手元においていただければ幸いです。
普通に12種類のエフェクトを搭載していたりして、使いやすいです。
そしてリリースしてから育てられるのがAndroidアプリの醍醐味。ご意見、ご要望も頂戴できるとありがたいです。
Good picture and communication will make your day!!

よりくわしい機能については6x6cmのサイトのニュースをぜひごらんください。開発チームの身長差が30cmくらいあります。

2011/07/04

デザイナーちゃんとプログラマーちゃん

アプリ制作において新しいデザインを生むのはやっぱプログラマのほうですね。
デザイナはどうしても概念を「かたち」に置き換えて理解するクセがあります。たとえばアプリの画面フローなんかを作るときにすでに頭の中では画面と画面が、なにがしかの概念を表す構造図になって関係しあったりしてます。構造図になっていること自体は悪くないんですが、何か新しいものを作ろうとする時、構造にあてはめて考えようとすると結構陳腐というか、アイデア的に弱い感じになりやすい気がしています。うまくいえませんが「デキル前からすでにかたにはまっている」というかんじです。デキてからの仕事としてはデザイナに負う部分は大きいのですけどもね。

基本プログラマちゃんの頭の中では構造なんかは眼中になく、それこそ設定した目的を、なかば場当たり的に処理する過程で必要な画面が、適当にフローして、結果を吐く。それが結果的になにか既存の構造に似てるね、とか、例えばこういうことだね。とは言えるだろうが、プログラマ自体は「たとえばこうだ」と思ってないのが面白いですよ。

優秀なプログラマちゃんは「めんどくさいことが嫌いだからプログラマになったんだ」というし、デザイナちゃんは「めんどくさいことが好きだからデザイナになったんだ」と言います。
プログラマの作ったモノは使いにくいとはよくいいますが、それはその発想をうまく周りが生かしきれていなかったからだとは言えないか?と、なんか妙にそのあたりしつこく考えてみたくなりました。

と、こんなことを考えたのは、名古屋工業大学 岩田彰研究室、名古屋大学 安田研究室、愛知県立大学 小栗研究室、株式会社NTTドコモ東海支社(以下ドコモ東海支社)による産学共同プロジェクト「NEXT COMMUNICATION FORUM(以下NCF)」の活動のお手伝いとして、7月2日、3日の2日間、UI基礎セミナーを担当したせいですね。。そこで学生さんたちにUIとかそもそもデザインするってこういうことですよ。というお話をしてきたのであります。
前半は座学で、後半は画面遷移図と手書きのUIラフスケッチの作成をしてもらいまして、講師担当者ともども大変楽しい時間をすごさせてもらいましたが、そのときその場には学生プログラマと学生デザイナーが、分け隔てなくそれはそれは楽しそうに意見をやりとりしていたものですから。

デザイナはデザイナで形にこだわっていいし、プログラマはプログラマで形なんかどうでもよいってスタンスでいい。だってそれがお互いの役割だもの。



あなたはあなたのままで良いのです。という真理を映画化するとこうなる。という名画でゲイの教典的作品「 The adventures of Priscilla, Queen of the desert」のオープニング。子供も生まず、贅沢をして、華やかな人生を歩んだけど、本当のあたしが見つからないの..というキツいぼやきを美しく歌い上げることから始まり、最後はバカボン並みに「それでいいのだ!」で締まりますのでeverything gonna be alright!大丈夫でーす!