2016/09/20

中国人と働くことの反省点

ごめんよチームメイト。
と、いうことで、5年目の反省点です。

私の勤務先や仕事するチームには中国人がたくさんいるんです。
私は中国語が話せないので日本語が喋れる中国人と仕事をしています。

外国語を母国語とするチームメイトと、母国語で仕事をするという点について、反省点が多いにあります。

つねひごろ難しい言い回しを使わないようにとか、新しい言葉(時事的なたとえとか)を使わないようにしたり、短いセンテンスを使うように気をつけているつもりです。
でも、そういう配慮以前にできてなかったことがあります。

と、あるとき。本来は会議をマネージするはずの立場のチームメイト(中国人)があんまり発言せず、わたしはすごくイライラしていました。
何をどうしたいのか、会議の方向性も不明確になるし、何しろ、何を考えているのかわかりにくい。
で、私が安易に到達した結論は

日本語が下手

でした。

しかし、そのことを周囲の同僚(中国人)に愚痴ったところ帰ってきた答えが

「あいつはプロジェクトの責任者になったのが初めてだし、そのうえもともと自分の考えをみんなの前で表明するのが苦手」

でした。

がーーーーーーん。
そうだったのか!!!!!!

何が言いたいのかというと、そもそも、外国語を母国語とする人を評価するうえでは結局自分がそうしていたように「言語の流暢さ」という要素が立ちはだかるののが現実であるということです。

そして始末の悪いことに、自分自身では自分自身や他者の能力を、言語の違いを超越して評価されるべきであると思っていたことです。

つまり、私自身は他者のことを自分が理解できる言語を満足に使えるかどうかを最大の評価点としないんだと思い込みながら、結局相手の能力やパーソナリティは言語を通じてしか評価できないというクソっぷり。

できないことをできることだと勘違いして、しかも他人をそのものさしで測るという愚鈍ぶり。ガイジンに対する見事なまでのフィルタリング。

もうね。最悪。ただのバカ。

じゃあそもそも言語に精通していない者同士が仕事をするというのは無理なんじゃないのか。
と、結論付けるのは簡単なのですが、それは嫌だし、もっと頑張りたいです。
と、いうことで、とりあえず改善の一歩として私は

もっと真剣にパーソナリティを見る。
ということを実践したいと思います。
だってどうしても、海の向こうの人々と私はこれからも、仕事をしなければ、つまらない から。いろんな「違い」を教えてくれる人とずっと仕事をしていたいから。
なのになあ。


2016/07/01

勝手にしなさい

先日子供が熱を出したので明るいうちに家に帰ろうと歩いていたんです。
そのときひさしぶりにききました。「もう、勝手にしなさい」を。

例えば、職場で自分ではどうにもならない問題が発生したとして、それでも責任を感じながら、保育園のお迎えの時間がせまり、お迎えに向かいながらもそのことが気になって、そわそわイライラしていることを子供に悟られ、帰りに悟った子供がかまってほしくなり、自転車の子供イスから勝手に降り、走り回り、さらにいつもは欲しくもない自動販売機の前で、ほしいほしいといって泣きながら飛び跳ねて、もう遅いから行こう。かえろう。さあ、おうちでもっといいものあるから。と言っても聞かず、急に手を振り払って走りだしたと思ったら、いままで苦労して上がってきた坂を走って下って行ったりして、そんな時、「もう勝手にしなさい!!!!!」って言います。

私も今までに自分の子供に何度か勝手にしなさいと言いました。
で、そのうちの1回で、ほんとに息子の野郎が勝手にし、発見するまで1時間かかったことが有りました。
その時思ったのが

毎日のことで、でも本当にいろいろあって、で、ほとほとに疲れて、本当に疲れて言った
「もう勝手にしなさい」
で、子供に大怪我をさせたり、最悪の場合、取り返しの付かないことになったりした人は、いるだろう。ということです。

で、私はそれ以来、私の周囲で「もう勝手にしなさい!」を聴いた時は、勝手にしてる子供を全力でとっ捕まえることにしてます。お母さんを守るために。

言いたいよね。勝手にしなさい!!!って。
でも、そんなついうっかりいったことの責任をお母さんだけが取らなきゃいけないのはなんだかやだーーーーーって私は思っていたから、自分の身の回りでそれを言わなきゃいけなくなった人は、自分のちからで守れたらいいなあと思っています。




2016/06/12

The Revenant イニャリトゥ、シャガール

「The Revenant(邦題:レヴェナント 蘇りし者」はディカプリオがはじめてアカデミー主演男優賞を獲得した作品ということで話題になりました。


西部開拓時代に毛皮貿易商人に雇われた伝説のハンター、ヒュー・グラスの実話を元に作った話だそうで、熊に襲われ大怪我を追いながら300キロ歩いて生還。という伝説の骨子は過去何度も物語化されています。
本作はその筋に、ネイティブアメリカンの妻を毛皮を巡る商人と部族の抗争のなかで失い、さらに息子も自身の旅の中で仲間のハンターに殺害されるというストーリーを加えた復讐劇です。
極寒の荒野のなか自然光を使った撮影をしたそうで、北海道の雪の中で育った私の目にも、真冬の太陽が傾いて、乾いた空気の中容赦なく気温が下がっていくのが見えるくらいの、肉体に直接うったえるような映像になっていました。

イニャリトゥ作品は「バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」と本作の2作しか観たことがなくて、凝った撮影技法とか、主人公のおかれたシチュエーションには共通したところがあると思います。

淡々と生きているつもりでも、世界の秩序はどんどん変わっていく。古い秩序と新しい秩序の境目のところでどちらの秩序も超越する主人公。
たかが人間の作った、経年劣化する秩序からの超越。それがイニャリトゥのテーマかどうかは知らないですが、私にはそういうふうに見えます。

バードマンの主人公リーガンは「ハリウッドのいわゆるブロックバスター作品」という(大きい物語)に君臨する「セレブ俳優」中心の秩序が「ソーシャルメディア」という(寄せ集めの物語)を構成する「普通の人たち」に食い荒らされる。という状況に翻弄されます。

レヴェナントの主人公グラスは、自然の秩序に従って暮らす人間(ネイティブアメリカン)が、資本の秩序に従属して暮らす人間(ヨーロッパ系移民)に食い荒らされるという時代に、もみくちゃにされます。生きる意味だと思っていた家族も虫けらのように殺されて、仲間もどんどん死んでいきます。

映画のなかでなく現実であってもこの先はまた、国ごとの資本が作った秩序が壊れていって、より大きくて特定の国に立脚しない組織が新しい秩序を作るような可能性がでてきていますから、ずっとこうした変化は続くんでしょう。

When there is a storm. And you stand in front of a tree. If you look at its branches, you swear it will fall. But if you watch the trunk, you will see its stability.

嵐のとき、木の前に立て。あなたがその枝を見ると、この木は倒れると確信する。しかしその幹を見たとき、不動の安定性に気づくだろう。

この言葉は、レヴェナントの中で死んだ妻のセリフです。すごく象徴的なセリフで、作中何度か出てきます。これは私には「秩序が変わるということが人間の生きる意味を変えることはない。」と、聞こえる。
超越的に誇り高いイニャリトゥ作品の主人公、リーガンやグラスは、翻弄されてもがき苦しみ最後は生死さえ判然としません。それでも命を最後の一滴までどんな秩序、システムに振り回されることなく暴れまわっている。それがすごく綺麗だなあ。と思います。
人工知能に仕事を奪われるんじゃないかとか、国の経済力が下がって貧富の差が開き続け、天国と地獄のように生活環境が分かれるんじゃないかとか、そういう秩序の潮目において損しないためにはどうすればいいのかとか、そんなことは本当にどうでもいい。
人間の生きる意味はパートナーや友人、子供といった縁ある人間を守り、自分の信じる価値を守って少しでも明日をよくしようとあがくことだろう。
それ以外はどうでもいいや。と気持ちが軽くなりました。他のイニャリトゥ作品も観てみたいな。

謎がひとつあって、本作のいたるところですごくマーク・シャガールの絵画を意識したシーンが出てきていました。イニャリトゥ監督はメキシコ人でシャガールとはあまり近くなさげですけど、きっと構図やモチーフにすごくインスピレーションを受けたのでしょう。とくに死んだ妻を思い出すシーン(地面と平行に浮いてる妻が出てくる)なんかはシャガールでみたことある。馬の目が大写しになる構図はど真ん中で間違いなくシャガール。シャガールの作品に「亡霊(レヴェナント)」というのがあったように記憶していますが、その作品とストーリーとの関連づけがあるかな。シャガールもメキシコで描いていた時期があるし、アメリカに亡命してから奥さんを無くしたあたりグラスと共通点があります。
でも、調べてみてもわからなかった。イニャリトゥのインタビューとかで言及しているのかもしれないけど。






2016/06/01

The Choice - 結婚相手を選択する方法をやたら丁寧に指南する映画

先日飛行機で、普段観ないであろうジャンルの映画を観てやろうと思い、テッカテカのデートムービー「The Choice(邦題:君がくれた物語)」を観ました。
筋的には「最初はいがみ合っていた主人公の男とヒロインの二人が、ふとしたことがキッカケで急接近。いろいろな困難を乗り越えて結婚」という恋愛ストーリーの王道になっています。

しかしこの映画、すごいハウツーものとして機能することを意識して作られていると私はにらみました。
勝手にその映画から抽出したハウツーを紹介します

夫として良い男性の条件

その1:BBQに強い
劇中すごい頻繁かつ象徴的にBBQのシーンが出てきます。
主人公の男がやたらとBBQ奉行をするのです。北米では確かに「良い夫=BBQマスター」という一般常識みたいなのはあるとおもいます。肉の世話はお父さんの仕事的な。そうしたコモンセンスにのっとっただけの表現かもしれないですが、肉を(その人の好きなもの)と定義して、BBQを(好きなものを自分に一番マッチする状態に作りこむ行為)と定義すると、けっこう(男性の質を図る尺度)になりえると思いました。
考えてみれば、私の周りにいる男性で、自分自身の好きな肉の部位とか質を把握していて、しかも炭まで起こしながらそれをいい感じに自分で勝手に焼くスキルのある人は、良い父であり良い夫であるケースがほとんどです。
国の文化によらず、自分で自分をエンターテインできる男性は結婚に向いてるんじゃないでしょうか。BBQはその資質をチェックできるナイスなツールだったのです。
少なくとも、キャンプ行って寝っ転がりながら女性がせこせこ身の回りの世話するのを横目で見つつ「◯◯ちゃんは良いお嫁さんになるよー」とか言っている人よりは間違いないです。

その2:片付けられる
主人公の男はやたら皿を洗います。
まだ結婚する前、男の家の庭でBBQをしたあとヒロインが「片付けを手伝うわ」と言うのをさらっと「自分の家なんだから、自分で片付けるよ」と断るシーンをわざわざ入れてます。
はい、ここ重要テストに出るよ...。
男性にとって「自分で自分の面倒がみられるか」というのは「結婚」という生活形態においてかなり重要です。なんにもできない男性の面倒見て楽しいのは付き合って3ヶ月までです。それでは生活が立ち行きません。新入社員だって3ヶ月で自立するようしつけようとするのが社会です。ナチュラルに、皿洗う男を選びなさいよ。という指南なのです。

その3:仕事熱心
主人公は結婚後、妻となったヒロインとデートの約束を取り付けながら仕事に集中してしまい2度すっぽかします。それ自体物語のなかでは「よくないこと」を引き起こすトリガーになるんですが、最終的な主人公の「生真面目さ」「頼りがいのあるところ」といったキャラクターの肉付けにとって「仕事熱心」は良いように働いています。むしろ「よくないことが発生」したあとそれを乗り越えてハッピーエンドに到達する流れに「仕事熱心」属性は不可欠なんで、話のなかでわざわざ2回すっぽかさせたのはそれを肯定するためだったんだろうと思います。

まとめ
上記3点を踏まえてまとめますと、夫として良い男性は
「自分のことは自分でできる、仕事熱心なBBQ奉行」
となりますね。

次は映画で描かれた「妻として良い女性の条件」について勝手に拾います。

妻として良い女の条件

その1:惚れっぽい
彼氏がいたにもかかわらず、ほとんどひと目で隣の男(主人公)に惚れている。ということがよく表現されていました。
まずファーストコンタクトでプンプン怒る。惚れ表現のわかりやすさはどうあれ、この映画は「感情が動いたときにやたら素直」という(良い女像)をうまーく描いてます(女性では、惚れた男に対していきなり怒り出す人もいるのです)。その後、遠巻きに彼のことを見つめるのがやめられない。的なシーンが入ったりして。
結婚うんぬん以前に多くの場合、男性が女性に対して率先して好きだの惚れたの言うのは生態的に無理がある(やりたい、やらせてとはまったく別の話で、子育てなどの経験上男性は自分自身の感情を女性ほど把握できない生物と思われますので、多くの場合女性が先に意思表示する必要があります)と思うので、ものごとを前にすすめるためには女性のほうから感情を露わにしたほうがいい。という教育的指導を感じました。

その2:パンツは白
とうとうヒロインの自宅でディナー。流れ的にまあこれで良い感じになるんだろうなー。食事の後片付け。キッチンで片付けをしている彼女を見つめながら料理の腕を褒める男。なんとなく距離が縮むぜ!それ以上近寄らないで!私があなたを好きなことがばれてしまう!男(∩´∀`)∩ワーイ と、一気に肌を寄せあいうふふふなのですが、押し倒されたヒロインのへそのあたりにカメラがなぜかトゥーっと止まって、白いレースのパンティ(さほどセクシーでもないなんか単にかわいらしいやつ)がはっきり映るシーンがありました。
なるほどなー。パンツは白。これSEX AND THE CITYだったら間違いなく黒くて布の少ない謎のセクシーランジェリーになるとこです。
人間中身が勝負なんや。エロ下着で男釣るなんて男をバカにすることや。勝負パンツなんていう概念は捨てろ。普段どおり、平常心を大事にするんやで。という、監督の声が聞こえてくるような演出でした。

その3:モノで釣られない
本作品前半最大の見せ場であるプロポーズの瞬間!
彼女を大切にします結婚を許して下さい!!といきなり実家に押しかけて彼女の意思も確認せずに懇願する主人公。
イヤよ!となかなか素直にならないヒロイン。ニヨニヨする両親。
義母:あなた、婚約指輪は?
主人公:え?もってないです。
義母:はいこれ。私の母の思い出の品だけど。
主人公:おっ、ありがとうございます!(ヒロインにはめる)
ヒロイン:喜ぶ
これな...
一族全員モノで釣られない。
相手の給料いくらとかそんなことは結婚にはリアルにどうでもよい(資産は変動するものなので結婚するときたくさん持ってる必要はないのです)のにモノで釣られるあまり最適な「選択」ができない。ということはありそう。
この流れも非常に示唆を感じます。

まとめ
変に外見を飾って不特定多数に女性として評価されようとせず、相手を持ち物で評価しようともせず、自分の感情に正直にふるまって、好きな人には好きだという態度を取ればいい関係は作れるんじゃないの。と、けっこう普通だけど気づきにくいことをこの映画は伝えているようです。

結婚は単に生活のかたちであって、別にその型に拘る必要はありませんが、長い人生他人と良い関係を築くのは楽しいことです。とくに子供を育てるうえでは相手と対等な連携が必要なので、なかなか良い選択ができないわ。という女性は、素直な心で自分の面倒がみられる仕事熱心なBBQ奉行を探すと良いかもしれませんね。

なお、本作は恋愛小説のヒットメーカー、ニコラス・スパーク原作です。本作についてはヒットメーカーだけに「飽きた」とか「例のあれ」のようにかなり引いた目線で評価されているような。映画はプロデューサーとしてはオスカー受賞経験もあるロス・カッツの三作目の監督作品だそうで、監督がこれを任されたときの「どうしよう...普通にやってもコケそう」という危機感がなんとなーく画面から伝わってきました。
私には「なんとか良質のハウツー映画に仕立てて外さない作品にしよう」というロス・カッツの職人的プロデューサー魂が感じられましたよ。

日本では2016年の8月公開予定だそうです。





2016/05/22

西海岸ヒッピー祭り Google I/O 2016

Google I/O 2016参加した雑感を簡単にメモっておきます。
初日にライブを観る参加者のかたがた

Google I/O 2016とは?

ウェブ検索技術で大きいシェアを持つGoogleが毎年初夏に開催するプライベートカンファレンスのこと。
2016は10回目。2015年まで、北米を代表するテック企業御用達のMoscone Center(San Fransisco)で開催していたが、2016年はGoogle社近くの野外イベント会場Shoreline Park(Mountain View)で開催した。もともとパロアルトの至宝The Grateful Dead(URL吹いた)がコンサートを開くために設計されたっちゅう話で(メンバー病気のためコンサートは開かれず)、Yes脱退後のJon Andersonとかもライブをやっていると、Wikipediaに書いてありました。むかーしたまたまThe Grateful Deadの構成メンバーが死去した日、LAに滞在した経験があるですが、ラジオのどこを回してもThe Grateful Deadがかかっていておっさんというおっさんが泣いているという状況をみたことがあります。


滞在環境

会場から車で10分くらいの距離にあるコンドミニアム形式のホテル(6人滞在可能2寝室2ベッド2バスルーム)に滞在しました。部屋代割り勘で宿泊費用が安く上がり助かりました。私は夫婦で参加したためロフトのベッドルームを1つ占領してましたが、予約当初から「エクストラベッドはソファのみ」の条件を知っていたので、ダブルベッド2つで4人、ソファにひとり、であとひとりどうすんだ。と思ってました。しかしメンバーのうち一人が「これでいい」と入手してきたキャンプ用のエアーマット(30ドル)が普通にベッドとして機能しました。あれは買い。
メンバーは私以外男の子で息子の延長気分になり、早く寝なさいとか起きなさいとか言いまくってしまい、さぞウザかっただろうとおもいます。
I/Oが始まる前の2日間はレンタカーを借りてあちこち行っていたので買い物も簡単でしたが、期間中は会場内に参加者用の駐車場がないことから車は返却。食事できる場所も限られていたため夜は自炊しました。
初日は現地滞在のK松さんの豪邸に押しかけて、庭で突然火を起こし肉を焼いたり、翌日からはさらに調達した肉をキッチンで焼いたり、スーパーのデリで購入した惣菜を再加熱するなどしました。
ただ、調理は塩やコショウといった最低限の調味料でやっていたため肉以外のサイドメニューの満足度がかんばしくなかったです。

  • マヨネーズ
  • しょうゆ
  • オリーブオイル

の3つは少なくとも日本から持ち込むべきだったと反省しています。それさえあればレモンなんかはそこらで買い、ドレッシングなんかも作れただろう。
あるいは滞在中にサーブする料理をあらかじめ決めておき、それに必要な調味料を準備していけば、よりいっそう充実したミニホームパーティになったでしょう。もし来年も行けたらやりたい。

移動手段

The Grateful Deadのライブは全米からバイクにまたがったヒッピー共が参集するのがならわしでしたが、Google I/Oは駐車場がありません。Googleはオフィシャルホテルや最寄り駅までシャトルバスを配車していました。個別調達したホテルに居る者達はだいたいUberを手配していました。
しかし予想最大参加者数7000人の全員が車で午前の基調講演めがけてあつまったとしたら、絶対渋滞するか、あるいはUberの手配に失敗しそう…と思っていたのですけど、実際はUberの価格は最大で2.X程度(開催期間中私が利用した範囲で)でしたし、早朝5:30に動いた我々は6:00には到着してしまい、事前登録組の先頭になるほどでした。翌日も多少の渋滞は有りましたが常時1時間前行動くらいで大丈夫な気がする(来年も同じ会場なら)。
Uberは配車依頼すれば10分程度で到着するくらい。常にグループで行動して乗りあわせたため負担も小さく済みました。

セッション

セッションは広大な会場の敷地内に置かれたテント(というか仮設会場的なハコ)で行われました。配置のかんじはテーマパークの出し物みたいなイメージです。コードラボ(PCが置いてあって開発できるスペース)ですら、でかい東屋みたいなところでしたので全体的に「アウトドア」感がみなぎっています。人々は仮設会場の間を行ったり来たりしつつ、途中にある野営の展示物を見て喜ぶ。という過ごしかたをしました。

あちこちにおたのしみがあります
で、セッションですが、最大のハコで300人くらいのキャパ。最小のハコで100人以下というばらつきがあり、デザインセッションのような「Googleファン層から考えてさほど人がこなそう」なネタは100人以下のハコがでした。で、ハコが小さいネタの場合ストリーミング中継も無し。で、どうなったかというとUSJのハリーポッター状態といえば伝わるかしら。とにかく入れやしない人数がテントを取り囲み、結果セッション見れず。という事態があちこちで発生していました。
むおーん。
結局観られないという状況は最悪なのですが、確実に観るためには開場の50分前くらいには並ばなければなりません。
で、日本の春先の気候ですと野外で並ぶのはさほどハードル高くないとおもうんですが、Mountain Viewの容赦ない日差しは10分もあたっていると相当体力が奪われます。そして日本からの参加組は朝からカフェインを大量摂取した絶賛時差ボケ中の体です。超アウェイ。そんな状態で酷暑の野外から空調の効いた屋内に入れたとして、今度入ってこないのは「英語」。つまり、セッション前に疲れすぎて、かんじんの講演内容が全然頭に入ってこないwという事態を何度も経験しました。
いやーつくづく私はWWEのレスラーにはなれないと思いましたね。毎日自力で長距離を移動しながら体調を整えて試合に望む生活は無理。っていうか、この状況でセッションちゃんと聴くの無理w。それじゃあ来た意味無くないか?と思われるかもしれないですが、過酷な自然環境に順応してフェスを楽しむというのは音楽会ではあたりまえなので、あとは参加者が慣れるか主催側がもうちょっとだけイテレーションすれば全然価値ある体験として成立するんじゃないかとおもいますよ。

現地の気候など

快晴の条件で日光があたっている場合、凄く暑かったです。カリフォルニアってステップ気候と地中海性気候が入り混じってんのでしょうか。乾燥地帯によくある「日が出てたら激アツ。無ければ激さむ」状態でした。月面かよ。
基調講演の時の話。開始直後は会場のShoreline Amphitheatre(敷地内の大きいステージの名前)上の屋根が広めに日陰を作っていたのですが、日が高くなるにつれ一般参加者席は全体が日当たり良くなるという事態になりました。
日があたってないときは普通に涼しくて快適で膝の上にPC乗せてメモ取りながら聞いていました。日が当たりだすとキーさえアツくて触れなくなるほど(マジです。大げさではなく、MBPが熱々になりました)高温化しました。日が当たると死ぬな。と思っていたので、客席の右袖を日光が照らしだした瞬間の絶望、ここも遅かれ早かれ焼け野原、という諦感すごかったです。interview with the vampireって映画で子役時代のキルスティン・ダンストがじりじり移動する直射日光で焼け死ぬシーンを思い出した。

日があたっているところが地獄

もうFirebaseがどうのこうのあたりから意識がもうろうとし、サングラスしていても眩しくて眩しくてお前眩しくて何も見えなくて夏。でした。
基調講演終了したら即、隣のてんてんとふかみんの生存確認して日陰に逃げたかったですが、数千人同時に2箇所しかない出入り口からのバキュームはけっこうな時間がかかり、しかも出たところで逃げ場が無く、そのままほうほうの体でランチ支給窓口にたどり着きましたがランチすでに無く、ここもランチない…ここも…と二人の子供を連れて焼け野原で食料を探し、やっと見つけたランチボックスを、トイレの壁で出来たほんの少しの日陰のなかで食べさせる…といった流れでした。
今思えば面白かったですが、当時はこんな心境でしたね。
そんな初日だったにも関わらず、翌日は少し雲が出ていて風が強く、午後から一気に寒くなるという。どんだけ寒いかというとダウンジャケット欲しいというくらい。でも終日ランニングに短パンみたいなマッチョなラテン系とかも平気でいるので世界は奥が深いですね。

来年

今年は全体的に心と体の準備不足でした。もう10年以上野外音楽フェスも行ってないし、あの自己責任が生み出す自由とスリルの連続にある細切れの幸福感みたいなのをマネージする能力が衰えてましたね。それがしんどかった状況を作ってしまいました。
あの会場でまたやるのでしょうかwもしやるのであれば十分それに備えて臨みたいとおもいます。
あと、むこうの連中はほんとタフですね。どうせデベロッパーの集まりなんだからもやしっ子ばっかりだろうと勝手に思っていましたが、炎天下の野外で長時間喜々としてダラダラしている連中は強いと思いました。
液晶見える???見えなくない??みたいな場所でのびのびと黒い画面を広げるワイルドな開発者たち。そんな奴らにデスマーチなどありえません。「code道場」みたいなのが西海岸にいっぱいあるけど、こいつらガチなのな。道場ってのは文字通りマーシャルアーツ会場なのな…。といった妄想も止まらないです。
苛酷さだけに目が行って「そんなの行きたくねえわー」と思うのはもったいないです。苦労は金を払ってでもしろ。ということわざもあるので、今年見送ったかたは是非来年検討してください。

2016/04/23

WCAN 2016 Springとかあさん部長の1日

WCAN 2016 Spring 終わりました。
名古屋は岐阜方面とか愛知全県で環境のいい場所を自分で選んでマイペースに活動しているひとや、組織でがっつり働くひとなど属性が広くて、参加者のみなさんとお話ししているとワクワクします。
あと、若い人の参加率が高くて感動的。学生が躊躇なくコミュニティに入ってきているし、受け止める大人がすごい大人。学生をちゃんと前に出して発表させたり、挨拶させたりしながらも、裏方作業はしっかりがっちりサポートしています。見習います!!
ところで、懇親会でお話ししていると、参加者の女性からよく「東京で子供育てながら会社勤めって大変そう…」という声をいただきます。そのあたりを深く突っ込んでお話ししたいなあ〜とおもいながらもなんとなく手短に身のある話にまとめる自信がなくて「ふえーそんなこと、どうかなあ?」とごまかしてしまっているので、wcanが終わった機会にここ最近の「かあさん部長」の1日のスケジュールをご紹介いたします。

朝3:30起床(具合悪いとき/土日は自由時間なしの5:30)
食洗機の中の食器片付け
猫のトイレ掃除
猫にごはん
風呂/トイレ掃除
洗濯
メールチェック
(講演スケジュールがあれば)資料作成
読書、情報収集
6:00
朝食準備 家族ぼちぼち起きてくる
7:00
おっと出社
7:20
息子登校
部屋掃除・朝食かたずけ・残った家事タスク処理
むすめ歯磨き、お着替え、登園準備
8:00
登園
8:45
出社

業務↓↓↓
Photoshop立ち上げながら、チャットしながら、メール書きながら、会議しながら、ご飯たべながら、数値チェックしながら、報告資料書きながら、モックアップしながら、チャットしながら、メール書きながら、スケジュール調整しながら、外出しながら…

18:20
退社
スーパーで買い物
夕飯準備
19:30
子供らが食事をしているあいだに洗濯物片付け、息子の提出書類などチェック、会社で残した仕事の片付け
夕飯片付け
20:30
むすめ風呂に入れながら、むすこの話をききながら、むすめと遊びながら
22:00
むすめ寝かしつけとともに寝落ち

わー忙しい。なにそれこわい。
という感想を抱くかたもいると思いますが、幸運にも毎日3:00に起きられる理由は猫がうるさいからです。
うちの猫は毎朝3時過ぎにきまって私にまたがり平手打ちをしながら「フレッシュな缶詰がたべたい」と言います。だいぶおばーちゃんなのでわがままになってきているのですね。
で、起きてご飯あげるんですけど、以前はそれで寝直していたんです。
でもよく考えたら私が自分の時間を持てるのはそこから家族が起き出すまでの数時間なんですね。
せっかく起こしてもらえるんだし、自分の時間を満喫しよう。
というわけなのでした。
講演資料作成とかは「業務の一環なんだから業務時間に作っていいんや!」と いう気持ちはありながらも業務には勝てず。
で、自分の時間で調整しています。
これを忙しいというのかはわかんないですが、夕食も基本的に食べないし、睡眠も未だに連続3時間以上連続睡眠しない(子供がベッドから飛び出すので数時間おきに微調整してます)おかげで集中力がついた気がする…。

いや、ほんとあかるくなる前に起きるって良いですよ。都会であれ、田舎であれ、夜明け前が一番静かなんです。何ででしょう。草木も眠る丑三つ時ってのは2:30くらいらしいですが、そのあたりから4:00くらいまでの日が昇ってくるほんのちょっと前って、街の音も、虫の声も、なんにも聞こえないタイミングがあるんです。昔、ジャングルに一人旅してバイクのエンジン音みたいな変な大型動物の息づきとかカエルとか虫の鳴き声の喧騒に眠れなかったことがありました。
都会の夜の喧騒とかいうけど、 この世界の果てのクソ田舎の夜の喧騒は都会よりひどい。
で、毛布被ってボーッとしていたところ、2:30くらいになり「ぴたーーーーーーーっ」と連中が黙ったのを聞きました。お?これがもしかして丑三つ時か?と、時間を確認して、この瞬間、世界には私一人なのかもしれん。と妄想の優越感に浸ったものです。
そのあと4:00過ぎて 虫の代わりに鳥が「むわあああああああああっ」と起き出して5:00も過ぎればすっかり世界はノーマライズされてて、私はまたone of themとして粛々と生活に直面したという。

と…
早朝というのは昔から自意識過剰なオレオレ時間をプレゼントしてくれるということで、昔から、積極的に大好きです。
オススメ!
毎日やることがいっぱいあって楽しいです。特に、せこせこ働いている合間にちびちび飲む赤ワインとか最高です。
というわけで、都会の会社員かあさんという生きかたはオススメできます。ぜひ挑戦してみてください!あ、でもこの状況には毎朝起こしてくれるおばーちゃん猫が必要か…わたしもうちの猫いなかったら起きれるかどうかわかんない…なんか、なんのアドバイスにもなっていないね…



Princeが地殻変動のパワーを利用して別の次元にシフト

2016年4月21日、Princeが地殻変動のパワーを利用して別の次元にシフトしてしまいました。
取り残された我々はもうプリンスに会うことはかないません。

Hitnrun phase one と twoリリースしたのが去年の9月とかでアルバムのタイトルが冗談みたいにきこえます。ヒットエンドラン。次行こう次。
Art Official Age聴きながら、本当にもうPrinceの新しい曲聴けないのかなあ?と不思議な気持ちです。いままで個としてこの次元にあったPrinceは別次元では反転してるはずだから「After Prince」としての過去次元の環境にも少なからず影響を与えているはずである。ゆえにAfter Prince世紀に生きる我々の耳に届く音はすべてが「Princeの新作の一部」なのだ。完全な新作はきっと、この次元の時間軸のうえに構成される瞬間がある。その瞬間を逃さないよう、気づけるようにこれからも、これまでのように生きているあいだPrinceを聴き続けていればいい。いつものように。
と、何が何だかわからないことを本気で考えています。

死してなお現役。あ、死んでないんだった。シフトしただけだからな。


What if Prince was one of us?



2016/03/21

ババア・アンド・ザ・ボイン

こないだ久しぶりにSEX AND THE CITY 2(映画版の2作目)を観ました。
最初に観た当時私は30代で、SATCの登場人物とドンピシャじゃなかったですが、ファンタスティックなババアのファッションショーは夢いっぱいだし、ウケるポイントもたくさんあってものすごく楽しめた記憶があります。
キャリーたちに追いついた私は何を思うのかしら。と、軽い気持ちでリピートしたら、大変な衝撃を受けました。当時ゼンッゼン記憶にないシーンが強烈に記憶に残ってしまったのです。
唯一の専業主婦キャラ、シャーロットが雇っているベビーシッターがすごいボインだということです。
もちろん劇中でボインはアホほど強調(ノーブラで走り寄ってくる様をスーパースローで…とか)されていますから笑うところではあったのですが、それほど深い感慨もなく当時の私は笑い飛ばしていました。

しかし今の私は知っています。ババアが決して手に入れることができないもの。それがノーブラでも重力に負けない、ボインなのです。
人間、30を過ぎた頃から顔のあちこちに小じわが発生します。顔も痩せて目の周りの印象も変わります。
しかしそんなものは、ちょっといじれば治ります。ぐぐればいろんな方法が検出されます。
更年期障害とかホルモンの変化だって薬を飲めば治ります。婦人科に行きましょう。
なにをやってもどうにもならん。それがボインなのです。

内容量が少なければ増やせばいいじゃない。
という意見もあるかもしれません。確かにその方法もあります。しかしその方法でも周りを支える「皮」の強度の問題があり「ノーブラ」は非常に厳しいと言わざるを得ない。
とにかく40代になり、2度の出産を経験した私に最も刺さったシーンが、天然のボインでした。

監督的には「若さ」を表現する道具として最適だと、普通に選択した演出だとは思いますが、なんというセンスの良さだと今あらためて深く感じ入ります。
美魔女だなんだと小銭払って顔面をいじくっても、そんなもんで「若さ」と張り合ったって無駄だよwww乙wwと、一切ストレートに言わずとも、たった5秒程度の揺れるボインで語り切る。
そう考えると、なんかええ歳こいても女子目線で恋愛語ったところで「ハリ無えじゃんw」と思えばすごいシラける気がしてきました。
「レストラン予約してないとか怒る人いるけど、会って笑顔みせてくれるだけで十分」とか、小娘(具体的には20代)っぽいこと言ってるけどハリ無いからwww 張り合え無いから(もうダジャレ)。

もう自身の財力と欲望に対する素直な行動でガツガツ男を喰らいまくるサマンサ(SATC2では52歳になっていたバーキンが似合う芸能プロダクション社長キャラ)くらいの方向で、振り切るほうが「勝ち」だわ。と、清々しい気分になります。
いやー。40代になってから観てよかった。
ところでサマンサ役のキム・キャトラル先輩って、ロマコメ全盛期の80年代の金字塔的映画「マネキン」のまさに「マネキン」役でしたよね。Starshipの曲に乗せて都会の寂しい男の子にコケティッシュな魅力を振りまいていた彼女の現役感。still nothing’s gonna stop you です。