2013/08/19

問題:守るものがある人間は強いか、弱いか。

ダニー・ボイルの「28日後」やっとみた。
ゾンビが100m12秒くらいで駆け抜ける様子だけで「もう世界終わったな」と感じさせられる絶望に満ちた作品です。
たくさん見所はありますが、この映画の主題はやはり
「守るものがある人間は強いでしょうか?弱いでしょうか?ファイナルアンサー」
です。
本作が出す結論は映画をみるとわかるので詳しく説明しませんが、その答えに行き着くまでの描写が全然ホラーに感じられないというか、普通に私が普段暮らしている世界と変わらない部分が多く感じられ、それがショックでした。
例えば薬剤師とか車のタイヤを素早く取り替えられるとか人を殺したことがあるとか車持ってるとか、そういうナイスな能力を持っていないとまず見捨てられるという設定。災害ものにはよくある設定ですが、改めてみると都市部の仕事事情とさほど変わりません。なんらか人より優れたスキルがあって始めて人として存在できるんだぞこの野郎。という脅ろかし。本当にそうかどうかは別として、そのような強迫観念に晒されながら私は日々を乗り越えています。IT業界はゾンビ業界ですよ。
で、主人公たちがそうしたスキルを結集させながらどんどん話はすすみます。さらにショッキングなのは、明らか自分の腕っ節だけで、他人を蹴落としながら生き残ってきたようなマッチョな連中が、実は孤独なサイコ野郎に牛耳られているという設定です。これもある。あるある。あるよ!クソ狭いクラスタの常識にだけ忠実なサイコ野郎ほどSNSで大人気的な!
女子供なんか仕事のジャマだとかいって仕事に邁進。周りからは「いっぴきおおかみすげえっす」てきに言われつつも実はそういう人たちが群れる場所が特殊でその中心にいる人間が殺伐として非常識。みたいな世界。
孤独に耐えるっていうのが子供のうちはなんかストイックに見えるけど、実は自分の身ひとつしか守れない無能の裏返しであるということはよく知られた現象ですが、この映画では「そういう存在が陥る地獄」が描写されています。

そこまでいうと「守るものがある人間は強いでしょうか?弱いでしょうか?」という問いに対する本作の答えはうすうすわかってしまいますが、これはネタバレでもなんでもなく真理なので明かしますと「強い」んですね。
ただ映画だから理想化されてるけどね。だって主人公の兄ちゃんだけ人を愛する以外なんの特殊技能もないっちゅう設定だし。ただ、そこに説得力があるのが映画の力ですけども。
とはいえ守るものがある人間が強いから守る側になったほうがお得よねー。みたいな話でもないですよね。この映画で凄い好きなシーンは、最後のほうで彼女が般若の形相で「目を開けてえええええ!」と雄叫びながら心臓マッサージするシーン。そのわけわかんなくなってる様がリアルで好き。
守るものがあるってほとんど反射だから本人バカみたいにわけわかんなくなるだけなんですよね。
ということは「守るものがある人間は強いでしょうか?弱いでしょうか?」って問題じゃなくて本来は
「自分の気持ちに素直になるっていいよね!」なのかも。
だとしたら「自分の身しか守れない!お前殺しておれ生きる!」って人も美しくはないが悪くない気がしてきました。
あそっか「最新技能も習得できない地頭の悪い人間は他人を守ることで生き残ろう」ってことか!クソっクソっ(すみませんダニー先生)。でも技能がないと守るもんも守れないからがんばろう...ハアハア。

いやー。ゾンビ映画って本当に良いものですね...。

ところで「ブラピの世界ゾンビ大戦(ほんとはそんなタイトルじゃないです)」で後半ペプシが執拗に出てくることが話題になっていますが、ペプシはゾンビ映画公式飲料(矢野認定)なので当たり前だ。という認識も確固たるものとなったのもよかったです。