2013/05/22

暗殺教室、殺せんせー、Google


ジャンプで連載中の暗殺教室面白いですね。
謎の生物である「殺せんせー(高校教諭)」を生徒が一生懸命暗殺しようと努力するお話なのですが、殺せんせーはマッハ20で空を飛んだり、特定の武器でないとダメージを与えられない身体能力を持つためなかなか殺せない。しかし生徒は本気で殺さないといけない。一年で殺さないと地球が滅びてしまうから。という抜け目ない設定です。

で、殺せんせーは教諭として一流です。
例えば素早く動けるという能力を活用して生徒ひとりひとりの能力に合った試験問題を作成したり、全力で一斉に殺しにくる生徒の相手をするばかりか「お手入れ」をする。
このくだりを読んだとき、なぜか「いまのサービスでだいじだと言われているユーザー中心型設計は結果的にこういう状況を実現するっちゅうことなんだな」と、ふにおちる気分になりました。漫画で。

なんで先生が全員を相手に出来るのかというと、それは速いから。短距離の移動では「砂で城を造りながら複数人の拳を受ける」くらい。先生は1,2,3の別の処理をランダムに処理しながらも個々の処理はそれぞれの生徒が持つ時間軸でちゃんと積み上げられてて「お手入れ」が成立している。結果生徒はわからない問題が解けるようになったり、爪がツヤツヤになったりしてる。 先生は分散処理しているにも関わらず。

無理ですよ。
それぞれのユーザーに対し、ユーザーが求めるサービスを、ユーザーが求めるかたちで提供するって理想ですが、無理じゃないかなーとおもうんですよ。
速度の限界というか、わたし専攻はアートなので数字弱いですが、感覚的にね、演算処理に必要なクロック数って、今のテクノロジーが時間っちゅう概念の上にできてる以上、上限があるわけですよ。で、「速さ」ってだいじですけど「光速」っていう天井があるうちは「超速くて見えない」ってことはあっても「速さゆえにnがそれぞれ持つ時間軸とかストーリーを個別にお手入れできるようになる」っちゅうのは無理があるよなー。と感じる訳ですよ。

じゃあ殺せんせーはどうしているのかしらーとなると、どう考えても彼は複数の「次元」を操ってる状態なわけですよ。

で、そっかユーザー中心サービスは複数の次元を操らないとダメか。とわけもわからず思ったもんなんですが、グーグルがNASAと共同で、量子コンピューターラボを開設したらしいですし、Googleなら殺せんせー作れるかもしれんですね。
応援してます!



この丸いヤツ殺せんせーに似てたけど引退しましたね。






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