2013/04/21

世の中やりたいことがはっきりしているやつばかりではない。

とあるテレビ番組で、一週間のうち、コーチがくるのは土日の2日間だけで、あとは基本自主連、というやり方を実践している高校サッカー部を紹介していました。コーチ曰く、子供を叱りつけながらスポーツ指導すると子供は動物のように、言われないと何もできなくなってしまうので、自主性を尊重するのだとか。
最近野球を始めた子供が見ていて「うちのコーチはすごく怒鳴るよ。あれは良いのかな?ぼく、これを見て、コーチたちが間違っているって気がしてきた」と言い出したので以下のように話しました。

自由にやらせたとき「今日は疲れているから休もう。」という人と、「誰よりもうまくなりたいから毎日練習しよう。」という人が出る。最終的にレギュラーになるのは毎日練習したほうだとママは思う。もしみんながだらけてしまったらという心配はない。「自由な雰囲気」は人気があるから入部したがるひとはおおい。ただ、そこで残るのは本当にサッカーがしたい。という人だけだろう。生徒もしかられてへこまなくてすむし、教えるほうも次第に優秀なのとそうでないのとがわかれていくから教えやすい。自主性をおもんじる、というやりかたは、どちらにとってもとてもいい方法だ。

ところで、デキるひとが残ればいい。という考え方もあるけれど、ママが大切だとおもうのは、世の中には「やりたいのか、やりたくないのか、自分ではよくわからないが、どっちかといいうと、がんばってみたい」という人がいるということだ。

そういう人は、まわりから少し厳しく言われて、ちょっとイヤイヤでもがんばらされることによって、自分でもびっくりするような力がでることがある。自由にやらすというやりかたは、そういう、自分で自分の力に気付かない人を見のがしてしまう方法でもあるんじゃないだろうか。

自分の力に気がついていない人の良いところを見つけて、励まして、たまに怒鳴って、がんばらせようとしている、今のお前のコーチたちのようなやりかたは、実は教えるほうにとっては、もっとも手間がかかって、面倒で、しんどいやりかただ。そういう手間のかかる方法を選んだコーチたちをママはとても尊敬しているし、普通の人間ができることではない。だいたいひごろは普通のお父さんで、自分でも仕事を持っていて、土日に休むこと無くグランドにきて、最も面倒な方法でお前に野球を教えるコーチや監督が、間違っているはずがないと、ママは思う。

人間は動物とは違う。動物はやりたいことしかできない。でも、人間は、やりたいかどうかわからないことでも、自分の力を発見して、驚いたり、うれしくなったりできる可能性が、あるんじゃないかな。たとえしかられて、少し悔しい思いをすることがあったとしても、そこで終わんないのが人間なんじゃないのかね。

というふうに。

翌日朝起きたら息子はちゃんと自分でユニフォームに着替えていたけど雨で練習は、休みでした..。




Foo Fighters - The Pretender

自分が何者かをわかっている人間などそうはいないのですねー。