2011/03/12

帰宅難民



2011.3.11
12:20 原宿駅
到着後簡単に昼ご飯が食べられればと思ったが、訪問先の事務所はホームから歩いて20分くらいかかることがあるためちょっとギリギリか。電車からおりたとたん同行予定のS社のOさんと同じ電車に乗っていたらしくばったり。お昼はちょっと時間ないっすね。と二人でまっすぐ原宿P社に向かう。
12:45 P社到着
約束の時間より15分も早く着いてしまったのでズドさんもきょーすけさんもまだ出社していなかった。Oさんとふたりで打ち合せ内容の確認を先に打ち合せスペースでさせてもらう。5分くらいでズドさん、10分くらいできょーすけさんが来る。本格的に打ち合せスタート。
14:45 地震
かなり打ち合せの内容も核心の部分にきて、確認事項も重要点に話が移り始める。結局、コスト(グラグラ)を算出する(グラグラ)根拠としての(グラグラ)調査(グラグラ)
「ちょっと、ズドさんテレビ押さえてテレビ。」「え?はあー」全然おさまらないね。きょーすけさん大丈夫?「いや、ぼく酔ってきた。震度何でしょう?」(下の階で)「うわーっ。大丈夫ですか??」Oさん「ちょっと人生で一番揺れました。やばくないですかこれ?で、何の話でしたっけ」ズドさん「マグニチュード8とかやばくないですか?」わたし「ズドさん!テレビ!また揺れてきたよ!」
なんの話でしたっけ?
えーと、で、提案に含めるにあたり。
もう今日やばくないですか。絶対電車止まってる。ええ、じゃあ、そんなかんじで今日はこれで、いったん終わりということで、調査用の資料とか週明けまでよろしくお願いします。では失礼します。(グラグラ)ズドさんテレビテレビ!
15:00 原宿-渋谷
道路に人がたくさん出ている。タバコ片手に驚いたーと話し合うパンクの外国人同士や派手な美容専門学校の学生たち。店のディスプレーも特に異常ないので御神輿見物のようにも見える。なんか大丈夫っぽいっすね。とくに被害ないっぽいっすね。竹下通りもいつもの雰囲気だが、突き当たりの原宿駅は交通整理の警官が5名ほど見え人があふれているところをみると動いていないらしい。前線見合わせ。
これだめっすね。タクシー拾って会社戻りますか?渋谷方面行って。代々木公園の脇をぬけるとビルから公園に移動してきた人で公園がいっぱいになっている。避難してますね。会社戻ったら誰もいないんじゃないですか?あれ?奥さん電話つながらない。Xperia見たらTwitterのDメッセージで相方から無事との連絡あり。ついでにTLを見るとただ事でない様子。
15:20-16:00 渋谷-品川
渋谷へ向かう途中偶然出くわしたタクシーを拾って品川へ。高輪あたりから混雑が始まり、品川まではおよそ40分くらいかかった。普段の10倍くらいの歩行者。運転手さんラジオつけて。5人、10人、50人、10分刻みで増えるけが人と死亡者。家が車ごと流されてる?飛行場がドロだらけ?品川駅付近では腹をくくったビジネスマンが既に横浜方向などに向かって一斉に列をなして歩き始めている。国道は渋滞した車と両脇に人の波。
会社電気ついてるみたいですね。普通に仕事してるんですかね?おれ会社戻ってどうするんだろう。保育園電話通じないな。家帰れるかな。じゃあ、また。このまま横浜まで行きますー。
16:00-00:00 横浜へ
品川から川崎方面まで移動するも刻一刻と渋滞がひどくなり、とうとう多摩川を超えたあたりで動かなくなる。子供の学童保育に電話がつながらない。TwitterのDでたびたび相方に連絡。学童に今日中にはつけると思うと連絡をいれてもらう。携帯の電池が切れそう。PCから充電する。電気がないとどうにもならんな。運転手さんまいったなあ、まいったなあ。とたまにつぶやく。このまま乗っていてもトイレに行けないし、運転手さんも戻れなくなるかもしれないし、10キロ程度なら歩けるし、なにせ先が見えないしで、大師越えたあたりで歩くことにする。子供は遅くなっても大丈夫だろうけど、どうせえらいことになるならそばにいてやりたいしなあ。運転手さんもうここで降りるわー。ここまでつれてきてくれてありがとー。気をつけて、怪我しないでねー。はい、こちらこそありがとう、こんなものしかないけど。あめ。食べて。と、のど飴もらって歩き出す。
途中停電地域では信号も街頭もない夜のネパールのような状態の箇所あり。なんとなく遠くに右から左の流れが見える。あれはたぶん第一京浜。行軍みたい。Macbook肩にヒールのブーツ。重いけど普通に歩ける。ちょー限界ー。とかマジ勘弁ー。といいながらみんな歩く。途中の自転車屋さんが大繁盛。横浜より遠い人かもしれない。中華料理とインド料理は営業していて歩き疲れた人が食事中。日本の店はだいたいお休み。どんどん歩く。途中コンビニに寄ってシュークリームとヴィダー・イン・ゼリー買う。店の外までトイレ待ちの列。男性は途中ちょっと脇に寄っておしっこしてる人もいた。かなり歩いて鶴見区役所でトイレ休憩。家に戻るのはあきらめてください。今いる場所で夜を明かして。と警告あるが子供子供。あるくあるく。
大津波警報、沿岸沿いの道路は全面封鎖。パンクした車両。道路脇にヘタリ込んでる人。東神奈川6キロの表示を見たあたりでフと思いついて死んだりすることもあるので実家の連絡先と朝まで戻らなかったら子供よろしくーと相方に連絡を入れる。了解ー。と、相方はこういうとき事務的で助かる。あるくあるく。見たことある風景になる。公衆電話はお金を入れなくても使えた。実家と学童と相方に連絡入れる。すぐつながった。すごいぞ公衆電話。携帯は相変わらずダメ。
学童行く前に家の安全を確認しよう。子供つれて帰ったら燃えてましたじゃかわいそうだ。歩き出して3時間で家に到着。もともとボロいせいか柔よく剛を制す。どこも壊れてない様子。1つだけますいさんが昔怖いと言ってた置物が床に落ちていただけ。
電気、ガスまわり、トイレの流れなどチェックして車で学童へ。0:30、熟睡している息子を叩き起こしてスタッフのかたにお礼を言って帰る。あと4人ほどまだお迎えにこれていないとか。第一京浜行軍中保育園でもスタッフ2人程度が3,4人の赤ん坊をげっそりしながらあやしているのを見かけたが、逃げる必要が出たときは大変だ。帰宅後は風呂に入りたかったが「全裸で停電」とか困るのでやめてそのままろくに着替えもせず顔も洗わず寝た。

実は帰宅難民状態になって感じたことは特になく、基本的には登山などの注意点と同じで
行きたくなったときはもう遅いのでトイレは早めに、とか、街灯が乏しくなったり車も焦っているのでできるだけ人の多い広いところを歩いた方が安全っぽいくらい。
ただ、なんとなく「非日常」で高揚した気分が「イラ立ち」に変わっている人もいたのでケンカとかは注意したほうがよさそうかも。と感じた。
翌日は疲れたが、土曜日で助かった。

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